机上の空論主義者

-♰- 有言不実行をブログ名で戒める -♰-

厳選されたサブスクは「パーソナル・インフラ」である

サブスク登録における問題点

定期的に家計簿をつけているが、サブスクにはいつも頭を悩まされる。いつの間にか増え、慢性的に家計を圧迫していく。なので私はどのサブスクに登録しているかは常に全て把握し、無駄があればすぐに解約・休会を選択する。そのため、大抵はひと月に支出されるサブスクサービスはせいぜい3、4個に留まっている。

サブスクには気がついたら入ってしまっている。月に2、3の新しいサービスを利用し始めることも珍しくない。特に管理していなければ、あっという間に10や20のサブスク対象が増え、月2, 3万円もの固定支出へと膨らむことになりかねない。

しかし、サブスクそのものが悪いと言いたいわけではないし、新しいサブスクへの登録を咎めたいわけでもない
むしろ新しいサービスに興味を持ち、それを気軽に体験しようとする姿勢は素晴らしいと思う。その中にはストレス解消の一助になったり、私生活を支えて複利的に日常生活を輝かせていく効果のあるものが存在するからだ。
問題なのは、長期的にデメリットをもたらすものを放置して、厳選できていない状態である。
本記事では、サブスクを厳選していくことで磨かれていく視点が存在することを説明していく。


サブスク継続是非を判断する3つの観点

サブスクの価値について考えていくために、まずは私がサブスクを継続するかどうかを判断するときに見ている3つの観点を紹介する。
(下記ではイメージしやすいように、サブスクの意味を広く捉えて例示する箇所がある。自身が登録していないサブスクについても例示に用いている。個人的価値観に基づく分類であって、文章を読むあなた次第で該当するサービスが異なることは注意されたい。)

1: 体験価値と値段の釣り合い

提供されている機能を使えることで、長期目線で自分自身にメリットをもたらすか

  • 満たすもの
    • 同価格の他のコンテンツを体験するよりも、良質な体験ができている
    • 複利で将来的に価値を生み出すもの
      1. 月に一度、10分程度しか使わないものでも、モチベーション・意識づけに繋がるもの(金融資産、目標の管理)
    • 自身の作業負担を代わりに担ってくれるもの
      1. 家政婦、生活家電のレンタル
      2. 生成AI
  • 満たさないもの
    • 月に数回しか使わないし、良い体験に繋がっていない
    • 長期的な目線で損失を被っている
      1. フリー時間を奪っている
      2. 後に残らない、視野・価値観を狭められる
      3. サービス終了で貯めたものが無に帰す


2: 独自の機能

課金することによってアクセスできるサービス独自の機能を求めているか

  • 満たすもの
    • サービスから独自コンテンツが提供されている
      1. 限定公開映像・ブログなどの情報源的価値
      2. 法務・金融などの専門知識や、莫大な情報源を要して作られたもの
      3. 個人では達成の仕組みを作るのが面倒くさいもの
    • 自分以外の会員との関わりに価値があるもの
  • 満たさないもの
    • そのサービス特有の独自コンテンツがあるわけでなく、代替サービスを利用してより高品質な体験を得られる
    • 自分自身が少し作業することで、一番欲しい機能を満たすことができる
    • (3を満たさないもののうち、)利用回数や広告などの、人間が恣意的に作り出した不便を除外するためのもの


3: 生活への必要不可欠性

まさにそれがないと、すぐにでも自分がまともな生活を送れなくなる欠かせないものか

  • 満たすもの
    • 生きるための必要なもの
      1. 水道光熱費、住宅費、交通費
      2. 通信費
      3. 料理配達サービス(Noshなど)
      4. 定期的なカウンセリング
    • 欠けると自分が望む生き様を維持できなくなるもの
      1. 音楽・BGM
      2. 集中力を高めるための自習室
      3. 調査・疑問解消のための生成AIツール
  • 満たさないもの
    • なくても生きられるが、あったら嬉しいもの
      1. 動画配信
      2. ジム(運動苦手…)


これら3つの軸をもとに、登録したサブスクを継続するかそうでないかを考えている。
(あくまで継続を判断するための評価観点に過ぎない)

サブスク継続判断の例(読み飛ばしOK)

この基準で、自分の中でいくつかのサブスクへの評価例を挙げてみる。

① Amazon Prime

Amazon Primeは最高な存在である。簡単に言うと便利で楽しすぎる。
amazonで月に一度でも買い物をすれば送料無料で元を取ることができ、囲い込みとしてはバッチリである。それに加え、video, music, bookコンテンツをバンドルして追加課金不要で使うことができる。
ユーザを囲い込むために、買い物・エンタメ・知識の観点から攻め落とすその手口の多さは、一般人にとって隙がなく恐ろしく魅力的な存在に見せている。

だが皮肉なことに、私はAmazon Primeへ加入していない。

私は何度でも同じコンテンツを見返せるタイプの人間である。1日に同じ曲を100回と繰り返し聴いていても、一週間程度はその生活を続けられる。そんな私にとって、映画配信サービスは集中力を奪い続ける、底なし沼のような存在である。
Primeの独自コンテンツは大して強くはない。
Amazon Primeは囲い込みの手口としては巧妙だが、独自性は低コストで全てのサービスがパッケージされていることに他ならない。逆にいえば、どれかを意図的に除外することができないので、All or nothingの選択を強いられることになる。例えるなら「福袋の中にめちゃくちゃ捨てづらいモノが入ってる」みたいな状況だ。

こうしたとき、送料無料の買い物は日本のECサイト、音楽はspotifyで代替し、動画・本は切り捨てる。別個のサービスを活用することで、金銭面以外の観点で損失を避け、個々の専門性の高い機能に触れられることで結果的により良い体験をもたらしてくれている。

  • 体験価値と値段の釣り合い:X
    • 買い物:○
    • 音楽:○
    • 書籍:X(無料漫画も時間を溶かす要因)
    • 動画:XXX
  • 独自の機能:△
    • 機能性:X(バンドルとしては一般に最強だが、個人的に許容できないものが切り離せないため致命的問題)
    • 代替サービスが存在しない:X
    • 提供コンテンツ:△
  • 生活への必要不可欠性:△
    • amazonにしか存在しない商品を購入する場合でも、まとめ購入で送料無料


② 資産管理サービス

銀行口座の残高は、いまどきそれぞれの無料アプリで確認することができる。そんなすぐに口座残高が増加するものでもないので、普通の人であれば年に4, 5回でも全資産合計を定期的に集計しておけば困らなさそうだ。

しかし自分は証券や個人事業用などで合計7、8個くらい銀行口座を保有しているのでちょっと集計がめんどうくさい。また、自分は保有資産額によって精神安定の度合いが変わるような人間である。
そんな自分にとって、現在自分が”今まさに”十分な資産を持っていることをすぐに見られること、仕事の頑張りで資産が増加していることを視覚的に確認できることは、精神的安定に繋がって仕事を頑張って給料維持する気にもなっている。長期目線で自分へ多大なメリットを与えてくれている。
結果的に、私は体験価値と値段の釣り合いが飛び抜けて高いので、資産管理サービスに登録している。

  • 体験価値と値段の釣り合い:◎
    • 集計の面倒を回避(ただし、低頻度であれば人間が代替可能)
    • 複利で将来に価値を生み出すもの
  • 独自の機能:△
    • 資産を一元管理するサービス数は減少傾向にある
  • 生活への必要不可欠性:X
    • 貯金額は簡単には減少しないので必要性は薄い


③ 生成AI(Google Workspace)

生成AIを日常生活に取り込んでいるが、生成AI利用に課金を拒否する人がいる。その人々は、まだ生成AIがもたらしてくれた価値に無自覚なのかもしれない。目に見えない価値は知覚しづらいので、「生成AIが補助した知的労働 / 感情労働」の価値を正しく測ることは難しい。

そこで例えを使って見えない価値を捉えなおしてみると、知的労働面は(大まかに)コンサルタントを代替したものであり、感情労働面はカウンセラー・コーチなどを代替したものである。生成AIがもたらす価値をエキスパートの仕事に対応付けられることから、生成AIを介してそれらの専門家を一挙に味方につけられたと言っても過言ではない。
初めてする行動の難易度は下がり、自己成長のための伴奏をしてもらい、精神的安定性を高めてもらえる。彼らは私の人生に付き添って長期的に恩恵を与えてくれるパートナーとしての存在となる。
ほぼ無制限にその恩恵にあずかる権利がたったの数千円。このわずかな税金をサービス維持費として提供元に支払い、長期的なサービス提供に貢献するのに全く抵抗感を感じない。

  • 体験価値と値段の釣り合い:○
    • 高い専門性の知識補助を受けながらこなせた作業がある
  • 独自の機能:△
    • ほとんどの機能が元々別の職業で実施されていた
    • しかし費用対効果を踏まえると人より高い価値がある場面も多い
  • 生活への必要不可欠性:○
    • 回数制限があると複雑な税務手続などの場面で本当に困る


厳選されたサブスクは「パーソナル・インフラ」である

この3つの観点をもとに選別されたサブスク一覧は、まさに自分自身に最適化された一番求めているものの集合体と言って良いだろう。
どれが欠けても自分の生活は成り立たなくなったり、大幅な品質低下をもたらすものであるからだ。

要するに、これはインフラなのだと捉えても過言ではない。
住宅費・水道光熱費・交通網などのインフラと同列にあるもの、ないしそれ以上の価値をもたらすものである。

ここでインフラがもたらす効果を確認しておこう。
> インフラにおける2種類の効果(国土交通省HPより引用)

フロー効果は、公共投資の事業自体によって生産、雇用や消費といった経済活動が派生的に創り出され、短期的に経済全体を拡大させる効果とされています。
 一方で、ストック効果は、整備された社会資本が機能することで、整備直後から継続的かつ中長期にわたって得られる効果です。
 また、ストック効果には、耐震性の向上や水害リスクの低減といった「安全・安心効果」や、生活環境の改善やアメニティの向上といった「生活の質の向上効果」のほか、移動時間の短縮等による「生産性向上効果」といった社会のベースの生産性を高める効果があります。

要するに、フロー効果は直接的で短期的な効果、ストック効果は長期間に使い続けることで生まれる間接的な効果とでも言えそうだ。

インフラと厳選サブスクが類似する点はここにある。
まずインフラのフロー効果は、サブスクでいう具体的な機能の効果である。例えば家で映画を見られることであったり、可視化された資産情報をもとに新たな投資に踏み切れること、新たな人に出会えることなどである。

そしてストック効果は、サブスク厳選の3つの観点と下記のように対応づけられる。

  • 生産性向上効果 = 生活を送るうえでの非効率的になる障害を取り払い活性化させ
    • 独自の機能
  • 安全・安心効果 = なくなることで活動への致命的な影響を与える
    • 生活への必要不可欠性
  • 生活の質の向上効果 = コストを払ってでも手に入れたい豊かさを与える
    • 体験価値と値段が釣り合う

サブスクの厳選観点は、まさにインフラがもたらす効果と綺麗に対応している。

ただもちろん大きな違いもある。それは提供者目線からみた提供ターゲットだ。

インフラは行政や大企業が提供者になり、公衆がターゲットとなる。公衆の最大多数の幸福を実現するために大規模なコストをかけて提供される機能で、個人ごとにパーソナライズされることは少ない。
サブスクサービスは小規模な事業主でも提供者になれ、「○○に困っている人」というように絞られた属性がターゲットとなる。対象が狭く絞られていることで需要が明瞭になり、小規模なコストによって機能が最適化される。これによりほぼ特定個人にパーソナライズされた機能が提供される。

利用者目線で捉えると、インフラはじんわり全員にメリットがあり、サブスクサービスは特定の個人にのみ甚大なメリットを与えるものである。

厳選されたサブスクは、最大多数をターゲットとするインフラでは解消しきれなかった障害を、個人レベルで最適化された機能で解消する「パーソナル・インフラ」と呼んでもよいだろう。


高品質サービスのインフラ化

ちなみに「すべてのサブスクリプションがインフラとしての価値がある」のではなく、「もともとインフラ的な価値があった1商品が、技術発展に伴ってインフラ化していった」側面もあるのではないかと考えている。
つまり厳選サブスクがインフラとしての機能するようになったのは、情報技術発展によるビジネスモデルの多様化にともなって、生活必需的なサービスへの支出が1回の買い切りから定期購入へと変化していったことと関係がありそうだ。

いままで”生活必需的モノ”の多くは買い切りできる「商品」の形をしていた。購入タイミングが一度に限られており、ユーザにもたらす価値の平均値によって値札がつけられていた。
“生活必需的モノ”はいつしか、定期支払いという形で「利用権」の形を取るようになった。時代変化で変わるユーザの価値観や、機能改修によって高まるモノ自体の価値。そういった価値の流動性に対応するために、サービス提供者が現在価値に見合う値段を提示し、それにユーザが定期支払いを「するか / しないか」の価値観がマッチングしたときに、「利用権」を行使できるようになる。
このように、「商品」から「利用権」へと変わったことで、必要なモノを必要な時だけ使うインフラの特性を獲得していった。

ここで、商品からインフラへと変化した代表例としてadobeを挙げる。
adobeは10年くらい前まで、PhotoshopやIllustratorといった神アプリを買い切りで提供していた。その圧倒的に使いやすく洗練されたアプリを、我々は長期間使い続けることでほぼ無料に近い金額で使い倒すことができたのである。
しかしあるときから、adobeはサブスク方式へとビジネスモデルを変更し、利用者は税金としてそれまでと比較し難いほどの多額のコストを支払うようになった。この段階で、adobeは商品販売からインフラサービスへと業態を変えた。
下記のように、ここ数年前まではadobeのサブスクは税金を対価に、デザイナーの生存に欠かせない機能を提供する、まさしく”社会インフラ”としての立場に位置していた。

== 数年前 ==

  • 体験価値と値段の釣り合い:○
    • 合理的な代替が存在しないため強制的に釣り合っていた
  • 独自の機能:○
    • adobeでしか提供していない
  • 生活への必要不可欠:○
    • お金を稼ぐために欠かせない道具


しかし現在では、選択肢の増加により、それが自ら選ぶ「パーソナル・インフラ」へと再定義されつつある。なぜなら、Canvaのようなライト層に特化したデザインサービスが提供されたり、Affinityから買い切りサービスがPhotoshopやIllustratorに替わるソフトが台頭したからだ(もともとgimpやinkscapeも無料ソフトとして存在していたが利便性は依然低かった)。
代替肢が増えたことで、「全員が使うべき標準(社会インフラ)」から、「必要な人だけの選択肢(パーソナル・インフラ)」へと役割が変化した。その機能に納得する人だけが、adobeに税金を支払い続けて、それ以外の人は別の総合的に最適なサービスへと移行していく。

== 最近 ==

  • 体験価値と値段の釣り合い:△
    • 機能性・利便性で依然トップクラスだが、比較対象が圧倒的安価
  • 独自の機能:△
    • ライトな用途ではaffinity系ソフトで代替可能
  • 生活への必要不可欠性:△
    • 代替できない機能を使っていない限り、お金を稼ぐために必要なわけではない
    • (時代変化としてコンテンツ品質基準の向上もあり、複雑な独自機能への需要も同時に高まっていそう)

(社会インフラではなくパーソナル・インフラへと立ち変わった瞬間に、そのサービスの提供者はペルソナを明確化してユーザファーストを掲げながら、サービス改善に注力するような厳しい戦いへと身を投じることになるのである。これは大変そうだ......)


パーソナル・インフラと自己特性

このようにサービス側がインフラ化していく中で、サブスクはもはや単なる買い物ではなく自分を形作る行為へと変化する。

つぶさにサブスク厳選を行うことは、パーソナル・インフラ = 自分にとって生存に直結するコアを洗い出すことである。人生で絶対に欠かしたくないと強く求めるものが何かを、それを把握するのに役立つ指標となる。
マズローの5段階欲求仮説に基づくと、おおかた生理的欲求と安全欲求を満たすものとしてインフラは存在する。ただし下位2階層は個人ごとに異なる要素で構築されるものであり、普通のインフラでは満たされない箇所がある。その欲求をパーソナル・インフラは満たしてくれている。

たとえば、私は資産管理へサブスク登録している。これは単にお金を稼ぐのが好きというよりは、「現状の水準で生き続けるために困らないお金」を欠かしたくないという安全欲求が表れている。
また、Spotifyにサブスク登録しているが、音楽こそが気分を最も安定化させる安全欲求を満たす存在だからである。

このように、磨き上げられたパーソナル・インフラは、自分の根幹がどう形作られ優先づけられているかの個人特性を映し出す鏡そのものなのである。 より上位の欲求を達成するために、下位の欲求のうち自分に固有で安定性を大きく左右する欲求はパーソナル・インフラの導入で補強していくことになる。


おわりに

サブスクを登録していくことは、自分自身に特化したパーソナル・インフラを探すこと。
新しいサービスに挑戦することは、自分の安定性を補強するための探索行為である。

だから我々は決して新しいサブスクに税金を払い始めることを恐れてはならない。
「生成AIにお金を払うのは馬鹿馬鹿しい」、「資産管理なんてやろうと思えば自分ですぐできるわ」なんてことを言わず、そこに在る価値に目を向けてとりあえず沼にハマっていく。
「これが私のコアだから」なんて言い訳をしながら、便利に自堕落に人生を送りたいものである。

--変化の年-- 2025年を回顧する

はじめに

「今年は変化の年にするぞ」 そう身近な人に言いふらしながら2025年を始めたことをよく覚えている。内心は毎年思っていても知人に明言することは避けていたが、今年2025年はそれなりに強い意思でその発言をしていた。「変化の年」を言いふらすとき、内心では「個人事業主を始める」という意味を最も強く意識しながら話していた。去年2024年の暮れのころ、個人的に人生をかけてしばらくやってみたい方向性が見えてきて、後は「行動あるのみ」と楽観的に考えていたための発言である。

そのころはTETORAの「1月」という曲を鬼リピしていたため、今年は自分が睦月決意どおりに組む姿を明確にイメージできたつもりになり、「こうはならないぞ」と強気な態度を見せていた。

今年もまた 睦月決意を 下方修正しちゃって
...
今年も 出来たことを 覚えておいて
今年も 出来なかったことを 忘れてしまって
今年も 「仕方ない」を繰り返しちゃうのかな

youtu.be

さて実際に達成できたかというと、言いふらしながら内心描いていた理想の状態にはなれていない。
行動あるのみと自己位置を誤認していたが、実際のところただ行動をすること自体が難しいと改めて再認識。SNSで得た情報や、生成AIブームへの浮気、別の軽い気持ちで始めた趣味などに影響されてだらだらとブレながら、自分の興味関心から半分目を背けて生きてしまった。


睦月決意

では、思い通りに取り組めなかった自分のことを情けなく思えているかというと、そうではないのがまた難点である。

より具体的に「変化の年」で目標にしていたことを列挙すると、2025年当初は下記3項目の課題に対して解決を図ろうとしていた。
精神的な側面で課題に向き合った年だと言える。

A: 本業におけるReturn To Office(RTO)での心理的問題を解消

  • 課題感
    • 年初時点では精神的な悪循環に入っていた
      • 労働環境が変わることへの不安感
      • 会社の経営陣への不信感
      • 電車移動における広場恐怖症の前兆
  • 対応策
    • 広場恐怖症の把握と対処
    • 転職活動
    • 出社しやすい地域へ引越し

B: 個人開発の速度感の低迷

  • 課題感
    • MFT2024以来、個人開発の手が止まっている
    • 興味がある世界が個人開発の先にある
  • 対応策
    • 活動せざるを得ない環境の整備
    • ロボット開発を数バージョン進める

C: ポスト生成AI時代での専門知識不足への不安

  • 課題感
    • 体系だった情報収集ができていない
    • 本業以外の知識的な強みがない
  • 対応策
    • 読書の習慣化
    • 本業以外に注力する学習対象を絞り込む


師走回顧

これらの掲げた目標に対し、今年実施したことを回顧するとこのようになっている。年初に考えていたことはA, Cの2つを解消できた。残ったBは年初の言いふらしで意識していたことだが、開業はしていないものの個人的に重要度の高い課題が解決できた。
3項目の他にも、多くのことを体験できた濃厚な年とすることができた。

そのため一部未達であるものの、自己評価では、文字通り「変化の年」としてかなり躍進できた年だったと結論づけたい。

A: 本業におけるRTOでの心理的問題を解消

  • 広場恐怖症の把握と対処
    • 念のため通院し安心を購入
    • 発生しやすい条件を特定
    • ルート開拓と引越し場所への反映
  • 転職活動
    • ちょっとだけした
    • 職務経歴書の作成して自己スキルや目的感を整理
      • 数企業とカジュアル面談したが、現状の労働環境は言うほど悪くない
      • 現業種とやりたい業種の乖離があり、同業種での転職では環境変化リスクを受容できない
  • ★ 出社しやすい地域へ引越し
    • 出社にかかる時間を⅔に短縮
    • 通勤にかかる精神的負担を½以下に抑制

B: 個人開発の速度感の低迷

  • 活動せざるを得ない環境の整備
    • 個人事業主になるという最大の自己制約は作れず
    • ★ 将来、障壁となりうる海外の確定申告の問題を最優先で解消
    • NT東京への出展で、〆切ドリブンでモノづくりをちょっと進行
  • ロボット開発を数バージョン進める
    • NT東京ではv0.2を展示
    • v0.3を今年中に完成させる目標だったが、NT東京以降は新しい締切を設定することなく作業進行が停止した
  • 生成AIやvibeコーディングなどの効率化手法を学ぶべきだった

C: ポスト生成AI時代での専門知識不足への不安

  • ★ 読書の習慣化
    • 月5冊程度のペースを継続
  • 自分の興味関心領域を特定
    • コンヴィヴィアル
    • コーチング

D: その他

  • 推し活
    • 足を運んで金を払い、現場の雰囲気や厳しさを見た
    • 関連して開発もちょっと実施
      • 推し専用のペンライト開発
      • 動画視聴キュレーションサイトの開発(途中断念)
  • 本業
    • 長期間ゆるく働き続けられる姿勢へとアップデート
    • 自分で全てはやらず責任を移譲することへの慣れ
  • podcast
    • 企画書を作成中
    • 来年の活動における1つの主軸
  • 細々:婚活 / 深圳旅行 / SNS


1年間に取った行動の良し悪し

今年の成果に影響を与えた、貢献したポイントと足を引っ張ったポイントを整理しておく。
貢献したのは{読書習慣 / 思い立ったが吉日}の2点があり、足を引っ張ったのは{健康課題 / 興味関心の脱線}の2点があったと考えている。

貢献ポイント

「読書習慣」について、例年より多くの本業に関係しない本を読み漁ることで、自己理解を深めることに繋がった。自分自身を俯瞰的に見る能力がついたわけでなく、本を読むほどに本棚が興味関心をそのまま映し出してくれたのである。本棚と読書中の感情を見つめていきそれを自分を見つめなおすことで、脳内で興味関心の地図が構築されていき、人生の目標への地盤がゆっくりと固められていく感覚があった。地図にはすべてが集約される唯一の目的地があるので、次にどの行動を取るべきかクリアになった。この地図は、単に書籍から身につけられる個々の知識とは比べ物にならないほどの価値を感じている。
何をするにしても迷いづらく優先度も決めやすくなり、脳内の省エネ化に貢献してくれていた。

ume-boshi.hatenablog.jp

自己理解により、なにかを始めるときの迷いは確実に少なくなってきた。これで効果が高まったのが「思い立ったが吉日」のマインドだった。直感した瞬間に即行動することは、何かを始めるために最も優れた手段だと考えている。最も恐怖を感じる間もなく動き出せるタイミングで、1回行動してしまえば残りは慣性で続けやすくもなる。
「これをしたら後悔するかもしれない」という迷いが以前は多かったが、「少なくともxxには役立つから大丈夫」と軽く確証できることが多い。ちなみにこのマインドは、「最近1週間も暇だから、新しいこと始められるぞ!」と考える自分の無計画な脳とも相性がいい。NT東京への参加や引越し、podcast企画などはこのマインドが貢献して着手されたものだった。
(逆に、吉日を逃した開業は恐怖でずっと手を出せていない)

足引っ張りポイント

「健康課題」は今年よく意識した部分である。今年は特に、環境変化へのストレスや不摂生が揺さぶりをかけてきた。本職のRTO発表直後から2か月ほどは、電車に長時間乗れず「ただ仕事を続ける」ことすらできるか不安な精神状態だった。また、単純に加齢により生活・食習慣が身体状態に表れやすくなり、胃腸の調子を崩すことも多々あった。これにより仕事のパフォーマンスが落ちて残業が増え、SNSのような過激コンテンツを過剰摂取しながら生活習慣が崩れる負のスパイラルに陥っていた。注意がそちらに向けられる以上、足を引っ張っていたのは確かである。
来年においては、長期的な施策でその発生頻度を下げていきたい。1. レジリエンスを高めることと、2. 原因を特定し断つことのアプローチを行いたいと考えている。
(今後の生き方の方針転換や優先度を考えたり、不可逆的な負担を避けるための意識改善にも繋がったので、完全に悪かったとは言えないかもしれない)

読書習慣により作り出した脳内の地図は、想像力次第で無限大に広がりうる。まだ地図の不完全さのため、1人で手に負えるかわからない不透明な領域も存在し、そこに手を出すことは「興味関心の脱線」となる。個人的には行動に意味を見出していても、ハタから見ると芯がぶれて見られる状態だ。まだ地図を使いこなせていないので、普通にその罠に陥った。
例えば、推し活は今年最も脱線した行動の1つだったと言える。貧乏性なのでお金の浪費は最大の警戒対象だが、そのビジネスモデルは熱狂的で宗教的で興味深く、調査がてら手を出してしまった。開発中のロボットには、推し活の要素を盛り込むとより面白くなると考えていたが、開発のための情報収集の文脈を忘れて普通にのめり込んだ。刹那の楽しさと引き換えに膨大な金銭時間を消耗し、特に得られることもない結果のまま撤退した。
podcastも実はその脱線の可能性をはらんでおり、2026年も足を引っ張ってこないか注視していきたいと考えている。


おわりに --2026年睦月決意--

2025年は精神的な面から大きな影響を受けたが、2026年は周囲の物理環境が大きく影響する可能性がある。それを踏まえて、2026年は「継続のための環境を整備する年」にすることを目指したい。

「変化の年」を掲げて始まった2025年は、実際に新しいことに取り組み始められた充実した1年となった。2025年初に抱えた課題をおおかた解消できたことに加え、サブ的な興味対象へもアグレッシブに行動できたように感じた。
しかし当然、何かを始めた以上はそれを今後も継続できなければ大きな成功には繋がらない。健康課題についても長期的な目線で生活習慣を変えていきたい気持ちもある。なにかをする意欲は、開始当初が最も高く徐々に下がっていくものなので、気を抜くとすぐ腑抜けに戻ってしまう可能性がある。
そのため、意欲の波に左右されない継続の仕組みづくりが2026年の目標となる。今やっている業務・読書習慣・モノづくりを地道に発展させながら、健康課題やpodcastといった新たな取り組みも無理なく続けていきたい。

コンテンツ体験における目的志向の罠

目的志向での生活

最近、個人的にものごとを目的志向で捉える意識が強くなってきています。

仕事では、場当たり的な対応よりも長期的な目的ベースで方針を決められますし、プライベートでは、将来ありたい状態を見越して段取りよく進められることが多くなりました。
そんな意識が根付いてきたので、イベントに参加するときも本を読むときも美術館に行くときも、自分なりの目的を定めてから参加することがほとんどです。

例えば、個人モノづくりイベントに出展した際は、SNSでの知り合いを増やすことを目的に。ライブイベントに参加するときには、ビジネス的視点を磨くためにファン同士の関係や購買行動を観察したりと、何かの体験には目的が欠かせないものとなっています。
最近は専門書・理工書を読むことが多く、この目的志向は実際に効果的に働いてくれています。


小説での失敗体験

しかし、この前その目的志向が体験を邪魔をする場面がありまして、それが「アルジャーノンに花束を」という小説を読んでいたときのことでした。

この小説は、知的障害を持つ主人公が手術によって天才になり、その過程で知識と心の成長、そして周囲からの扱われ方を再考する様を描いた物語です。
文字ベースでの知的レベルの変化の表現や、周囲環境の捉え方の変化など、内容自体は非常によくできており興味深く読んでいました。

しかし、目的設定を誤ったことで、この作品を全力で味わい尽くすことができなかったのです。

その原因は、私がこの本で着目していたポイントが「常人を遥かに超えた天才ならではの描写」という点だったことです。
IQが飛び抜けた主人公だからこそ感じる、凡人の理解の範疇を超えるような葛藤描写があると予測して読み進めていたのです。

その期待していた描写は最後まで小説には描かれていませんでした。
このことに気づけたのは物語の終盤。最後のページまで残り1.5割ほどのところでした。
気づいたときにはもう遅く、そこから急速に終結する結末に感情が置き去りにされてしまったのです。
最初から特定の目的意識を持たなければ、フラットな視点で物語全体を楽しめたはずが、変に何かに期待して読み進めてしまったことで、読書体験を損なってしまう結果となりました。

この期待は無意識のうちに頭の片隅にあったものですが、専門書を読む際に読書効果を最大化しようとする「癖」が、小説というコンテンツではあだとなって現れた形です。


万博での残念体験

このような事例は他にもあります。
大阪万博に行ったときも、「部分的には楽しめたものの、構え方を間違えたために楽しさを最大限に享受できなかった」状態に陥りました。

「万博とは、各国の文化・技術の最先端が終結する場。ここに行けば最新技術に触れた刺激によってモノづくりのモチベーションに繋がるだろう」と推測していました。
しかし実際には、技術的に目新しいものは少なく、かなり大衆向けに(非常に魅せ方を工夫して)展示されていました。

これまた自分の当初の期待からずれたものであり、技術的な刺激を受けるには過剰な期待を向けていたことになります。
数多くのパビリオンの中で、最後まで何か技術的に気に入るものがあるのではないかと期待し続けるよりも、早めに大衆向けと割り切って、各国の風土や表現方法に全力で着目するよう目線を切り替えるべきでした。


目的志向の罠への気づき

専門書や自分が既に知っている分野であれば、そのコンテンツに触れる前から内容をある程度予測しやすく、期待を外すことは少ないでしょう。もし期待を外したとしても、そのコンテンツ自体が詐欺タイトルの趣旨はずれだと割り切ることができます。
反対に、自身が普段触れない予測性の低いものであれば当然期待は外れやすいでしょう。たとえそのコンテンツが最高な内容だったとしても、受け手が期待のしかたを間違えたら体験が半減してしまいます。

「アルジャーノンに花束を」や「大阪万博」のように全体的に質の高い作品では、期待点に気を取られながら、それ以外の空いた脳内リソースでふんわりコンテンツを楽しみながら消費し続けられます。 その結果、最後まで体験しても「期待の結果は得られなかった」ことと、「名作を心から楽しみ切れなかった」という2つの心残りがつきまとうのです。

このように、コンテンツ体験において目的志向を適用する際には、予測性の低い事象に対して誤った期待を最後まで抱き続けてしまう「罠」があると気づきました。

この罠にハマると、名作に触れるたびに、自身の「目線のセンスのなさ」を疑う結果を招き続けることになります。(期待がばっちりハマると、それはそれで最大限楽しめるのですが…)

この罠を回避するには、下記の方法が考えられるでしょうか。

  1. 予測性の低いコンテンツに触れる際は、目的志向を適用しない
  2. 体験を続けるなかで、期待を微修正していく
  3. そのコンテンツを最適な視点で再度体験しなおす

まだどれも試したことはないですが、この中で、数字の優先度通りに試していくのが、最も低コストで実行できる対応になりそうです
(2は期待補正がうまくいかない可能性があること、3は時間・金銭的コストがかかるため)。


おわりに

名作だと聞いていた分、それを楽しみ切れなかった後悔は大きなものでした。
とはいえ、変に目的志向に染まりきる前にこの罠の存在に気づけたことは、今後の良質な読書体験に繋がりそうで良かったと思います。

もしこの罠に早くから気付いていた人は、コンテンツ体験時の「目的志向の罠」の回避策を教えてほしいです。

【AI時代の生存戦略】仕事以外の「何か」で、自分だけのアイデンティティを再構築する

人間と生成AIの活躍

そろそろ仕事を奪われそうだなと思って生きている。

最終判断や仕事方針のすり合わせはまだ人間が進める必要があるが、すでに「それあと2, 3年でAIエージェントだけでよくなるかも?」みたいな仕事が目に見えて増えてきている。Chat GPTからの回答をなぞることまでしかできず、生成AIの代わりに手を動かす機械のような立ち位置の人間が身の回りにちらほら見かけるようになった。

もちろん自分もその例外ではなく、Claude CodeやCursorといったVibe Codingの社内での実用化により、(10年近く情報工学の領域に身を置いてきた自分でも)コーディングでは生成AIに勝つことはもう全くできない。業務で上がってくるコードレビューも量が膨大になり、レビューも生成AIがないと捌ききれない状況になっている。

直近1, 2年までは普通にバリバリとエンジニアとして働けていたのに、あっという間にお荷物になっていくサマを現在進行形で体感している。


2,3年後の仕事への影響予測

これからの時代、環境変化に目を向けずふわっと生きていると、ここ2, 3年程度で仕事時間の短縮に適応できなくなっていくだろう。今まで単純な業務を大量にこなすことで成果創出していた人は、AIエージェントによってその業務時間が一気に短縮されて別作業が増えることになり、いわゆる「元の仕事を奪われた」状態になる。

アサインされるだろう別の仕事も悠長に進めてはいられない。新しいタスクは、より高度な判断や創造性が求められる上に、一番最初に会得・効率化した人が独占する可能性があるためだ。新しいことを「人並み」ではなく「最初から人並み以上」の成果を出すことが求められるようになる。

これからは自分の仕事を他の人に奪われないように意図的に属人化させることでしか仕事をキープできず、占有できなかった人は窓際に飛ばされて、その窓からまたどこかへ飛ぶことになる。


仕事を奪われて恐れるべきは何か

でも、いわゆる仕事が奪われて困るのは「労働者でいれなくなること」にはないと自分は考えている。(そもそも日本企業は労働者を簡単に首にできない)

個人的に予想している、各個人に最も影響があると思ったのがアイデンティティの喪失である。

仕事を生きがいに捉え、プライベートは平穏ならばなんでもよいという人は少なくないだろう。
仕事が人生。仕事内容や会社内での肩書以外に自分を語ることがない人。
そういった人のアイデンティティが、生成AIの発展によって気づく間もなくあっという間に無意味なものとして崩れ去っていく。仕事内容こそが生きる意味だったのに、それに価値が無くなれば、当人にとって自己存在が否定されたといっても過言ではない。

仕事に依存していた人が、突然仕事の価値を奪われたときに、すぐに別のことに依存先を見つけるのは難しい。「仕事を奪われたとて別の仕事が舞い降りてくるから大丈夫」と思う人もいるだろうが、別の仕事もすぐに価値低下していってもおかしくない状況ではいささか楽観的なように感じる。

また「仕事内容や肩書」は組織から与えられたものに過ぎず、自分自身の内発的な興味や価値観とは必ずしも一致しないため、それがアイデンティティと捉えるのは自己理解が浅い状態と言ってよい(被雇用者前提)。 「仕事で何を成し遂げ、誰の役に立ったか」という部分にアイデンティティが無い人は、新たな仕事に慣れて存在価値を見い出すまでにモタついて負の連鎖に陥る可能性は高い。


生成AI時代に持っておくべきモノ

だからこそ、仕事以外のところに自分のアイデンティティを持つことが必須となってくるだろう。要するに仕事から別の領域に注力対象をずらし、趣味 / 社会貢献 / 人間関係 を主軸とした自己形成へと切り替わっていくことになる。
(趣味は運動・エンタメ・クリエイティブ・学習・情報発信など、人間関係は家族・友人などを想定)

だが、自分の深い興味や価値観と結びついていない、適当に手を出した趣味や社会貢献は長続きしづらいと予想される。 表面的な楽しさが薄れると継続する動機を失いやすく、飽きるたびに新しいものを探すのは気力的にも金銭的にも消耗してしまう。

それゆえに、簡単には崩されず長期的に向き合える「何か」を見つけることが一つの課題になりそうだ。
これは「自分が真に興味を持って行動できる領域」を知ることでもあり簡単に答えが出るものではない。

孫正義の言葉に「人生で登る山を決める」というものがあるが、以前までは「死ぬまでに大成したい人だけがやればよい」ものだった。
しかしAGIが何もかも奪い去る昨今では、「価値が低くなっても続けたいと思えること」 ≒ 「人生で登る山」を心の中で抱きつづけられるかが求められる。大層な人生を送るつもりがなくても、自己保全のために誰もが考えなければならない時代がやってくる。
こわ。


個人的に思う「何か」の見つけ方

個人的な話で恐縮だが、自分はようやく最近この対象を絞ることができてきた。「四六時中考えていたい」感覚にピンときたのは、27年間生きてきて初めての感覚である。

この「何か」の発見には、自分の場合は読書量を増やしたことが貢献していた。
本棚を見るとその人の脳内がわかると言われるが、この逆順に「自分を知るために本棚を満たしていく」ことをやったと言える。

書斎のある部屋で休日を過ごすという小さな夢がある私は、当初インテリアにする目的で本を読みつつ買い漁っていた。
最初の3か月は名著と呼ばれるビジネス書を選んでいたが、似通った内容の名著は量を読めば飽きていく。
読書を月6冊のペースで半年・1年と続けるにつれて、対象は自身の興味のある分野へと無意識にシフトしていき、いくつかのジャンルに分類するためには十分な量が本棚に溜まっていた。

ここまでくると、自己理解を深めるためのパーツは集まったと言える。
本棚にあるのは、お金や時間や脳のリソースを払ってまで欲しがった情報が何かを示す、何よりの証拠である。

本棚を見ながら「なぜこの本やその内容に惹かれたのか」と共通点を探したり、過去の経験と抽象的に同じ部分を結びつけていき、自分を見つめなおしていく。

これで自分にとっての「何か」がわかってくる。
そしてその「何か」に関連する行動を増やして興味関心の深堀りをしたり誤解に気づくことを通じて、ようやく「アイデンティティ」の発見へとたどり着くのだろう。


おわりに

生成AIに生きる意味を奪われてゆっくりと廃人になっていく前に、自身のアイデンティティを固める努力をこれからも続けていきたい。

【手作りパペット】大人の夏休みの自由工作【写真多め】

今週末は12時間くらいかけてパペットを作っていました。 個人用なので、その場で思いついた手順を、場当たり的で臨機応変に製作を進めました。

過去に作り方の動画を見た記憶をたどって適当に作り上げたので、手戻りは多少発生していますが、なんだかんだ自分の直感は信用できるようでした。


まずは完成品から。 youtu.be

おおまかな形を想定する

口のサイズ感をフェルトと段ボールを組み合わせてまず最初に適当に決める

口を縫合する。縫い目が可愛いのでブランケットステッチというのを採用。
表からは見えないんだけどね。

口位置の検討1(口左右方向の幅感を把握)
必要な布の横幅がおおまかに決まる

口位置の検討2(体と頭の位置関係を見る)
実際には、写真よりも頭の布(左側)を多く確保したほうが安心

口をつける

決めた口位置をものに、のど元を縫合していく

縫合した下あごの位置で布を横に切る。
その後、口のフェルト部分と体部分を縫い合わせる

ひっくり返して状況確認。
このときに頭部をどう縫えば良さそうか必死に考える。

のど位置をちょっと超えるぐらいで布を残し、上あごの形状に切り抜いく。

その後、上あごのフェルトと縫合する。

頭部を作る

※ このあたりから、計画性の無さを適当なつぎはぎでバックアップするような作業が増える

手を入れたときに頭の位置があってほしい場所を決める。
このあたりから「待針で怪我しない仮縫いできると便利そうだぞ!」と気づく。

このままでは頭が立体形状にならず窮屈になると気づいたので
頭をセンターで縦に切り裂きながら
上あごの縫合の仕方を更新する。

ここでも仮縫いを活用しながら臨機応変に形を作っていく
今週買った推しの缶バッチが裁縫にちょうど便利で嬉しい瞬間。

写真に残していない部分でもつぎはぎしながらそれっぽいのがでけた!

デコる

おめめつけた!なんか嬉しそう!!!

端材で触覚とベロもつけた第1完成状態!

おわりに

既存のsock puppetは、使用済み靴下をもとにつくっていたので、おんぼろの印象がありました。 今回、新品の布を使っている時点で超綺麗になっているので大満足です。

腕をつけるのは面倒で

(生地ベースに1から作ったのは)1つ目で、割と作り方の勘所がわかったので、やってみて良かったなと思います。パペットロボット用のパペットグローブの規格をつくりたいので、今後もう1・2回は作ることになりそうです。

それまでに裁縫の技術を高めたいなぁ。